経典祈祷







「みくる?」


きょろきょろと見回す世界は真っ白で。
ああここは夢なのか、と思いながらも先程まで腕に抱いていたみくるの姿を探す。

まだ首が据わったばかりで、自分で動くことが出来ない赤ん坊。
夢の中なのに、みくるがいないことがひどく不安だった。


どうして?夢だから、分からない。


「キョン!」


後ろから聞き間違えようのない明るい声がして、振り返る。
夢だから何でも有りだろう、とは思うのだが、不思議な気持ちだ。

ハルヒが俺の夢に現れたのは、俺に子供が出来たと分かる前のあの時だけだったから。


「ハルヒ?」


ほら、あんたのお母さん、いたわよ。
そう言ってハルヒは腕に抱いた子供の頬をつついた。

薄茶のふわふわとした髪をそよがせて、すやすやと眠る赤ん坊。
結構な強さでつつかれているのにぐっすりと眠ったままのみくるは、案外図太い子なのかも知れない。

そこまで考えて首を横に振った。
いいや、朝比奈さんはあんなに可愛らしい方だったじゃないか、だからみくるもそう育つ。


これは決定事項だからな。


「大丈夫よ、大丈夫。」


真っ白な世界、どこからか香る百合の香り。
ハルヒはひどく優しい表情でみくるに語りかける。


「クリストフ、女に生まれてしまったクリストフ。」


空から落ちてきた一滴は、何だろう。


「それでもあなたは、マリアさまを守れるわ。」


ふつ、と。
そこで俺は目が覚めた。










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俺はぶつぶつと言葉にならない文句を呟きながらベビーカーを取り出した。


「みくる、お父さんのこと行くぞ。」

「うー、」


少し大きめのカバンには必要物品プラスひとつのお弁当。


「忘れ物なんて馬鹿だよなー、一樹のやつ。」

「あー!」


そうだろう、お前もそう思うだろう。
折角俺が弁当作ってやったのに、それを忘れやがって。


「じゃ、行くか。」

「うあー!」


両手をぱたぱたと揺らすみくるを抱きかかえ、ベビーカーに乗せる。
鍵を閉めて、さて駅に向かうか、と道の先に目をやった。


「―――――え、」

「お久し振りです。」


みくると同じ髪の色。

大人びて見える彼女は、髪をひとつに結っていて。
かっちりとしたパンツスーツ姿で微笑んだ。


「急に、会いたくなっちゃって。上の人には無断で来ちゃいました。」

怒られるかな、と言いながらも嬉しそうに笑っているのは。


「朝比奈、さん。」

「うふふ、お母さんになったんですね、キョンくん。」


呆然としている俺をよそに、朝比奈さんはしゃがみこんでみくるの頬をつついている。


「可愛い。写真でしか見たことないし、すっごく新鮮。」


そりゃそうでしょう。
俺だって自分の赤ん坊の頃の姿なんて写真でしか見たことありません。


「朝比奈さん、」

「何ですか?」


みくるはベビーカーの中できゃいきゃいと笑っている。
成長したらこんなに美人になるんだからな、お父さんに感謝しろよ。


「無断、っていうのは嘘でしょう?」

「…バレちゃった?実はですね、これを、届けに来たんです。」


そう言って彼女が取り出したのは赤い、お守り。


「持ってて。きっと役に立つから。」

「……これを受け取ることが出来なかった未来を、知っているんですね。」


俺の手に文字の書かれていない守り袋を握らせて、朝比奈さんは悲しそうに笑った。


「禁則事項です。」


それなら仕方ないかな、なんて思いながら俺はカバンにお守りを結びつける。
落ちないように、しっかりと。


「ねえクリストフ。」

「へ?」


朝比奈さんは再びしゃがみ、みくるの頭を撫でる。


「あなたはいつか、自分が生まれてきたことを誇れる。マリア様を、守れるから。
あたしも守れたの、きっと、あなたにも守れる。」


それまで、生きて。
俺とみくるの目の前で、朝比奈さんはふつ、と消えた。


「……時間移動、初めて見た。」


見せてよかったんですか、朝比奈さん。


「生きて、か。」


俺の知らない未来、誰かが知っている未来。
その世界で、何が起こるんだろう。

まあ、俺には関係のない話だ。
きっと、みんな守ってくれるからな。


「今度こそ行くか、お父さんのところ!」

「あー!」


揺らさないように細心の注意を払いながらベビーカーを押す。









帰りには夕飯の買い物にでも行こうかな。




















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あれ、何で事件フラグ立ってるの?









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