黙示礼讃







「私は知っている。」


空から降ってくる声は、聞き慣れた、感情の読めないもので。


「私は、知っている。」


お前は何を知っている?


「同期はしない、けれど知っている。」


真っ白な空間で、俺は一人立っている。
人影はなく、ただ声だけが降る。


「未来を、知っている。」


長門の淡々とした声。
未来、が、俺にとって、どの『未来』なのか。

それを知っているのは、多分、俺自身。


降り注ぐ光も、綺麗な青空も、色鮮やかなステンドグラスもない、白のみが続く世界。


「長門。」

「……。」


俺は知ってるよ、覚悟は出来てる。


「お前は、何を知っている?」


外界に引きずり出される感覚が近付く。
夢から覚める直前、俺は小さな小さな声を聞いた。





―――――かみさま。










ああ、未来が、近い。












------------------------------













「お父さん、お母さん、話があるの。」


月曜日の朝。
みくるが六年間の義務教育を終える日のこと。

話の内容は、既に、知っている。


みくるが生まれる前からこれは決まっていた。

いつか、この日が、訪れると。


「来年、あたしは過去に行きます。」


それはずっと前から覚悟をしていたこと。

一人娘は、俺たちから離れて、十八年前に向かうことになる。


定められた、未来。
俺がみくるを産んだ日から……いや、身篭った日から、決まっていたこと。


「三年間帰れないし、連絡を取ることも出来ないけれど、許して、くれる?」


肩より下の辺りで切られた色素の薄いセミロング。
一樹の母親の色にそっくりだと言っていた。

今から二年後、昔の俺たちと出会う頃には、長くなるであろう髪。
今日は卒業式だから、とびきり可愛らしい髪形にしよう。


「みくる、髪、結ぶぞ。」

「え…、お母さん?」


戸惑いの瞳が向けられるが、俺はそれに笑顔を返してみくるを鏡の前に座らせた。

卒業式用のスーツは綺麗なレモン色。
リボンは、薄紅色の。


「一樹、櫛取ってくれ。」

「はいはい、どうぞ。」


鏡の中でみくるは未だに戸惑っていて、俺と一樹は顔を見合わせて笑った。


「知ってましたよ、みくる。僕たちは、もう。」

「……お父さん?」


髪をホットカーラーで巻いて、少しだけ大人っぽく。
少し高めの位置で括り、三つ編みをいくつか編み込む。


「帰ってきたら、また結ばせてくれるんだろ?今度は、もっと長くなった髪。」


会えない三年分、帰ってきたら散々髪で遊ぶんだ。
今よりも、もっとずっと綺麗に、可愛らしくなっているであろう娘。

会えないことも、声さえ聞けないことも、覚悟している。


だから、大丈夫なんだ。


「いいの?あたしは、寂しい、けど……、」

「俺だって、一樹だって、手放したくないさ。可愛い一人娘なんだから。
でもな、俺たちはお前が無事に帰ってくるって知ってる。だから、大丈夫なんだ。」


昔話を、たくさん、たくさん聞かせてもらうんだ。
何を見て、何を学んだのか、何を経験したのか。


「可愛い子には旅をさせろって昔から言いますしね。」

「一年ひたすら甘やかして、帰ってきたら三年分一気に甘やかすからな。体力、付けておけよ?」


十六歳のハルヒに振り回されたら嫌でも体力はつくと思うがな。

髪を括り終えて背中をぽん、と一度叩く。


うん、可愛い。
さすが俺、そしてさすが俺たちの娘。


「僕たちはいつでも、みくるの味方です。さ、遅刻しますよ。
卒業式に遅れて行くわけにはいかないでしょう?」

「―――――はいっ!」


ふわふわとカールさせた髪をなびかせて、みくるは笑顔を俺たちに向けた。
そして小さく可愛らしいローファーを履いて、家の外へと駆けて行く。


「さて、俺たちも準備するか。」

「そうですね、……っと、どうしました?」


柔らかな微笑みのまま、一樹は玄関に顔を向ける。
それにあわせて振り返れば満面の笑みを浮かべたみくるが立っていた。





「お父さん、お母さん、ありがとう!!」




卒業式の前に泣かせるつもりか、みくる。


「今日は号泣覚悟ですね。」

「そーだな。」


ハンカチは多めに準備して行くとするか。








再びコンクリートの上をちょこちょこと走るみくるの後姿を見送りつつ、俺はそう答えたのだった。




















-------------------------------------------------




ハンカチを大量に消費したのは一樹の方だった。









ブラウザバックでお戻り下さい。