福音聖樹







振り仰いだ空から雫が落ちてくる。

真っ白な世界に四角く切り取られた青空。

堕ちる、降り注ぐ。
溜まった水の上にまた雫が落ちて、波紋を作り水面を広げた。

倒れた聖杯、枯れかけた切り花。





―――――誰かが、泣いている。





どうして泣いている?
悲しい?苦しい?それとも、嬉しい?

目を閉じて顔を上に向けたまま、降り注ぐ涙を享受する。
頬を滑る雫がまるで、自分の涙のようで。

この世界には、誰もいない。



誰も、いない。





―――――泣いているのは、誰。















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「もうあたしは必要ないわね、頑張りなさいよ。」


そう言ってハルヒは海外へと発った。
移住するそうで、日本に帰ってくることはほとんどなくなるだろう。

さて、ハルヒがいなくなったこととみくるが小学生になるということで問題が一つ、浮上した。


長門にも、一樹にも話すつもりはないけれど、みくるには重要なことになる。


「みくる、」

「なあにおかあさん。」


舌足らずな可愛らしい声。
朝比奈さんの姿によく似てきた。



―――――まあ、本人なんだが。



「話を、聞いて欲しいんだ。」


みくるはポニーテールを揺らして首を傾けながらいいよ、と答えた。


「お前のお父さんは一樹で、お母さんは俺だろう?」

「うん。」


だからこそ、話しておかなければならない。


「二人とも男の人だってことは知ってるな?」

「しってるよ。おかあさんはトクベツなんでしょ?ハルヒおねーちゃんがいってた。」


おお、ありがたいな。
明日辺りに礼でも言っておくか。

国際電話になるがな。


「そう、トクベツなんだ。だからな、変だ、とか色々と悪口を言われるかも知れない。
みくるに、つらい思いをさせるかも知れない。……我慢、してくれるか?」


幼稚園に通わせている頃はよかった。
ハルヒが大声で宣言してくれやがったしな。

でも、もうハルヒには頼れない。


だから、


「がまんなんてできないよ。」

「みくる?」


笑顔のまま、みくるはぐっと小さな手を握った。


「あたしはだいじょうぶ、でも、おかあさんとおとうさんをワルくいうひとはゆるさない!
だから、ぜったいにあたしがやっつけます。」


目前にいるはずのみくるの顔が、じわりと歪んで。
見えなく、見えなくなる。


「なかないで。」


ぼろぼろと零れる涙は、悲しいから?

違う。


不甲斐なくて悔しくて、でも、どうしようもなく嬉しくて。
様々な感情が入り混じって、涙に。


「……ごめんな、みくる。こんな母親で、ごめん。」


でも、ありがとう。


「あいしてるよ、みくる。」


小さな小さな体を、しっかりと抱きしめた。

「ただいま帰りましたよ……っと、どうしました?」


妙なタイミングで帰ってきた一樹が俺の背とみくるを見つめる。
あー、どう考えても誤魔化せないな、これ。


「みくる、お母さんはどうしたんですか?」

「おかあさんね、ないてるからなぐさめてたの。おとうさんもだきしめてあげて?」


甘い香りがふわりと広がる。
後ろに、みくるの体よりも大きな温もり。


「話は後で聞きましょう。今は、泣き止んで下さい。」


一樹は俺の背からみくるごと、長い腕で抱きしめる。

馬鹿が、後になっても話をするつもりなどないからな。


「おかあさん、だいすき。」

「ええ、好きですよ、お母さん。」


お前の母親になったつもりはないんだがな。


「俺も、お前らが好きだぞ。」


明日、ハルヒに話すネタが増えたな。











未だに零れ落ちる涙を流したまま、みくるの体をさらに強く抱きしめた。




















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一樹に話したらきっと怒られるから、理由なんて言わない。









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