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宝冠神曲 深く深く落ちていく。 ステンドグラスのように光る水面を見つめながら、沈んでゆく海の底。 ああごめんなさい、泣かないで。 この海は涙の海。 悲しみの涙で出来た海。 泣かないで、大好きだから。 泣かないで、愛してるから。 あたしのヨセフ様、あたしのマリア様。 あたしはクリストスにはなれないけれど。 でも、あたしは二人の、子供だから。 ------------------------------ その日、あたしは生まれて初めて人を叩いた。 どうしても、許せなかったから。 「お母さんを馬鹿にしないで!」 張られた頬を押さえてその子は泣き始めたけど、それでもあたしの怒りは静まらなくて。 「男の人なのにあたしを産んでくれて、育ててくれて、なのにあなたみたいな何も知らない人たちに馬鹿にされて。 どれだけ人を侮辱すれば気が済むんですか!」 大好きなお母さん。 お母さんが悲しむことはないの。 「あたしは謝らない。悪いのは全部あなたです。今の痛みはあたしの痛みじゃない、お母さんの痛み。」 あたしの周りの人は、あたしを怒らないで褒めてくれる。 唯一怒るのは、きっとお母さん。 でもね、悲しむよりは怒ってくれる方がいい。 苦しむより怒って、そして最後に笑ってくれる方が、よっぽどいい。 「お父さんもお母さんも男の人だけど、血は繋がってるの。あたしは、もらい子なんかじゃない。」 二人の本当の子供じゃないんでしょう、だなんて。 そんなことを言う人は許さない。 お父さんもお母さんもあたしに謝るの。 こんな両親でごめんって。 二人が謝らなきゃいけない世界なんて、間違ってる。 「あなたが謝るまで、あたしはあなたを許さない。」 絶対に、許さない。 あたしはカバンを持って、教室を飛び出した。 先生が止める声なんて聞かなかった。 家に帰ると、お母さんは驚いてあたしの熱を測り、そしてベッドに寝かせた。 早退してきたと思ったのかな? 「ねえ、お母さん。」 「ん?」 優しい声が返ってくる。 「あたし、お母さんの子供でよかった。」 まだあたしは十歳で、人生の半分も生きていないけれど。 それでも、言える。 あたしは世界で一番幸せです、って。 「ずっと、大好きだからね。」 あたしを見つめるお母さんの目に涙が溜まるのを見て、あたしは瞼を下ろした。 泣いていいよ、お母さん。 あたしは今から、寝るから。 何も、見ていないから。 やがて落ちた眠りの中で、お父さんとお母さんの三人で幸せに笑ってる夢を、見た。 ------------------------------------------------- お母さんが悲しむことは、許さない。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |