ベロネフォビア


―――――怖い。



もう一ヶ月も前からろくに眠れていない。

何故?
俺には、分からない。


授業には集中できないし、ペンを握れば手が震える。



―――――怖い。



食事が、出来ない。
箸を持つと手が震えて、手元を見ることすら出来なくて。



―――――怖い。



ハルヒにバレたら駄目だ。
機嫌を損ねてはいけない。
何もなかったように振舞うんだ。

閉鎖空間を、発生させたら、古泉が。


古泉に、ほんの少しでも、安息を。



―――――怖い。



心配をかけさせてはいけない。
耐えるんだ、誰にも知られてはいけない。


俺は、いつも通り。
いつもの、俺のまま。





―――――怖い怖い怖い怖い!





「っ!」


がしゃん、と激しい音を上げてペンというペンが俺の机の上から零れ落ちた。



―――――怖い。



早く、拾え。
でも、手が、震えて。

頭が痛い。


「キョン!」


ふ、と意識が遠のいていくのを感じた。
ああ駄目だ、倒れるな。






ハルヒが、……古泉、が―――――……、











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暗い、部屋。
見えない天井。


ここは、どこ?


「―――起きました?」


ぱち、と電気が点いて、扉の向こうから古泉が現れた。
……ここは、古泉の、家?


「食べられますか、果物。」

「あ、うん。」


手渡されたのは桃の入った器。
瑞々しいそれに突き刺さったフォークを手にとって、


「っああああああ!」





―――――がらん、





「どうしましたっ!?」

「いやだ、ちかづくな、いやだ、いやだこわい!!」


投げ捨てたフォークがどこに落ちたかなんて、分からない。
自分の指先を全て隠すようにぎゅっと握りこんで俺は布団に顔を埋めた。


「いやだ、こわい、こわい……、」


俺の手は、何を持ってはいけない。
嫌なんだ、もう。
ハルヒがいるから、古泉と一緒にいれない。

なんて、本当はそんなこと考えちゃいけないのに、どうしても考えてしまう。


『このペンで喉元を突き刺せば人間は死ぬのだろうか。』

『ハルヒを殺したら古泉が消えることにおびえることも、ない?』

『もしこの指で自分の目を突き刺せば、死ねるだろうか。』


嫌だ、もう嫌なんだ。
机の角も、本や紙の端も、尖ったものは全て。

全て全て、人を傷付けそうで。


「何も見ないで、今はただ、眠って下さい。」


柔らかな古泉の声に、俺は首を横に振った。

眠れない、眠れないんだ。
眠ったら夢の中で、俺はハルヒを殺すかも知れない。


そんなことを考える俺が、嫌なんだ。
そんな深層心理なんて、俺にはいらない。


「古泉、こいずみ、こ、いずみ、」

「はい、ここにいますよ。絶対に、いなくなりませんから。」



―――――怖い。



ハルヒの鍵が、俺?

俺に選択権は与えられないのか。
俺は何をするにもハルヒに怯えなければならないのか。


「好きだ、古泉、好き、だから。」


だから、消えるな。

きっときっと、満たされたら。
俺が、幸せだったら、そんな怖いこと考えたりしないんだ。

いつも通り過ごせるんだ。


「はい。大丈夫です、閉鎖空間は発生してませんよ。
涼宮さんは、僕を消したりしませんよ。」


俺の考えてることが分かるのだろうか。
顔を伏せたまま、俺を抱きしめる腕にすがりついた。


「大丈夫です。大丈夫ですから。ほら、眠いでしょう?
目が覚めたらきっと、何も怖くなくなってますよ。眠って、下さい。」





―――――怖く、ない?



じわじわと思考が侵食される。
眠いって、こんな感覚だったっけ?

もう、分からない。



分からない。



多分、起きたら俺はいつものように振舞うんだ。
倒れるまで、ずっとずっと。






病院にはいかない。
刃物を、見なければ大丈夫。

心配はかけさせないんだ。








神の鍵は、病んでは、いけない。
だから、大丈夫。










古泉は、俺が、守るんだ。













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怖い。怖くない。









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