番傘の花合わせ


淡い紫に深い紺色。
帯は銀色、帯飾りは深紅。

美しく鮮やかな大輪の花が散りばめられた着物を着て、鏡の前に立った。
裾を揃えて着るのには少々苦労したが、まあ合格ラインだろう。

扉の向こうからノックが聞こえたので返事をしようと口を開くが、声を出す前に一樹は入ってきた。

まだ着替えてなかったらどうする気だ。
いや、俺は男だし問題はないとは思うが。


「ああ、やっぱりよくお似合いですね。」


うっとりと目を細める一樹を見るのが少し気恥ずかしく、俺は再び鏡に向き直った。


「髪、結わせていただいても?」


扉から近付いてきた彼は、俺の肩まで伸びた髪を掬い上げて微笑む。


「出来るのか?」

「器用な方なので。」

「……気に入らなかったら結い直すからな。」


鏡の向こう、俺の後ろで一樹は嬉しそうに笑った。









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着崩した着物から肩が露出するが、これぐらい気にしない。
結い上げられた髪は未だ美しい形を保っていて、本当に器用だったんだな、なんて納得。

手を伸ばした先には古い書物。
背表紙には掠れた文字で『萬葉集』、とある。

いつ以来だろうか、この本を見かけるのは。
読んだのは未だ幼い頃で、意味すら理解できなかったそれ。


今だったら、分かるのだろうか。


「奥方様、奥方様。どちらにいらっしゃいますか?」


執事の呼ぶ声が聞こえる。
ええと、奥方様ってもしかしなくても俺のことなのか?


「あ、一樹様、いらっしゃいましたよ!」

「有難うございます。もう下がってもらって結構ですよ。」


ぼんやりとした灯りの中に入ってきたのは、勿論この屋敷の主人で。


「挨拶は終わったんだろ?俺は戻らないぞ。」

「構いませんよ。……僕も、抜け出してきたところです。」

「いいのか?主役さん。」


いいんですよ、と切なげに笑って古泉は俺の肩に頭を乗せた。
しかしお前の笑顔は何種類あるんだろうな。


「すみません、あんなこと。」

「いいんだよ。俺が性別を偽るぐらい、何てことでもない。」


だって、そうしなきゃお前はどこかのお嬢さんと結婚させられてたんだろ?
そんなの、俺は許せないから。


「すみません、本当に。…名前まで。」

「だから、気にするなって。」


どうしてこいつはこんなに落ち込んでるのだろう。
それが俺には、分からない。

世間での俺が女であろうが、『響』という名前であろうが、俺は俺に変わりない。
俺の本質は、何も変わらない。

むしろ俺は喜びたいくらいなんだ。
堂々と一樹の横に立っていられるんだ。


本妻として、一樹のすぐ隣に。


「お詫びに何か、出来ることはありませんか?」

「へ?」


何だ、お詫びって。
そんな詫びられるようなこと、俺はされてないぞ。
とは言うものの、確かに精神的には疲れたからな。

真剣な瞳を向ける一樹をよそに、俺は自分の周りをぐるりと見渡す。


目に入ったのは先程の古書。


「じゃあ、あれ取ってくれないか?」

「……そういうことじゃないんですけどね。」


大仰にため息をつき、一樹は本棚に手を伸ばす。
綺麗な指が万葉集を引き抜くと、大量の札が横から滑り落ちた。

俺と、一樹の頭の上に降り注ぐ小さなそれ。


「柳に番傘、……花歌留多か?」

「ああ、懐かしいですね。」


ちょうど俺が手に取ったのは、今はもう見かけない絵柄。


「昔の、か?」

「そうですね。母から譲り受けたものです。今は柳に小野道風になってますからね。」


ふうん、と呟いて俺はずり落ちそうになった着物を引き上げた。
一樹は未だに罪悪に落ち込んだ表情をしている。


「雨の日、社長業を休んで一日中俺の接待。」

「え、」

「お詫び、してくれるんだろ?」


ぱっと上げられた一樹の表情は明るい笑顔。


「はい、勿論です!」


初めはこんな正確だと思ってなかったな、何て思いながら俺は手元にある万葉集に目を落とす。


「番傘、準備しておきますね。」










俺は何も答えず、万葉集に花歌留多を一枚挟み込んだ。













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約束。









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