ミューティッド


「あんた、知ってる?」


ロビーの椅子で半分眠りかけていた俺に、ハルヒが声をかけてきた。
知ってるも何も、主語をきちんと話しなさい。


「何を?」

「艦内の噂話。」

「知らん。」


むしろ興味ない。
そういうのは女の人が好きなんだろう?
男の俺を巻き込むな。


「まあ、当事者だからね。知らないでも無理はないと思うけど。」

「……待て、当事者って何だ。」

「聞いた通りだけど?」


じゃあ何だ、噂話の始まりは『作戦参謀は〜』から始まるのか?
そんな噂になるようなことなんぞしてないぞ、俺は。


「幕僚総長と作戦参謀は恋仲だって。」

「……………は?」


さすがに目が覚めた。
何でだ、どうしてそんな話が噂になる?


「間抜けな声出さないでよね。」

「いや、だって周知の事実じゃなかったのか?今更じゃないか。」


戦争中に古泉が俺に告白したり(しかも艦内全員が聞いてる中で)、ハルヒが噂を広めたりしてたよな?


「誰もあんたが返事をしたことなんて知らないと思うわよ。
決定的な瞬間を見たり聞いたりしてないから噂になってるんじゃない。」

「なるほど。」


ちょっと納得。
だがそれが噂になったところで何か問題はあるのだろうか。
別に、事実だし。


「面白くないとか思わない?」

「だから何が。」

「あんたには嫉妬心ってものがないの?」

「どうして話をそっちに持っていく。」

「関係あるじゃない。」

「全くないようにしか思えないが。」


俺が返事をするかしないかに嫉妬も何もないだろう。
ロビーには相変わらず俺とハルヒの姿しかない。
それもそうだ、今は夜中三時過ぎ。

じゃあ何でハルヒは起きてるんだ?


「あんた、見たことないの?」

「主語を話せ、主語を。何が言いいたいのかさっぱり分からん。」


だからあんたは駄目なのよ!とハルヒは手に持っていたコーヒーを一気に煽った。
お前、文句つける割にはそればっかり飲んでるよな。
まあ目は覚めるが。


「じゃあ聞いてない?」

「だから何を!」

「古泉くんが告白されてること。」

「………。」


まあそんなこともあるだろうな、とか。
三百年前から変わらないな、とか。
二十七歳であの顔だもんな、とか。
将来有望だもんな、とか。

色々と納得する部分もあるが、とりあえず。


「知らないの?結構な人数よ!」

「……。」


聞いたこともなければ見たこともなかったんだが、何かの陰謀か?


「もういいわ!今から二番ドックに行ってきなさい。今すぐよ!」

「え、へ、うわっ!」


背中を思い切り押され、俺はのんびりとそこに向かうことにした。
行かないと後でハルヒが何を言うか分からないからな。








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「あ、あの、」


二番ドック前の廊下に差し掛かったとき、中から可愛らしい女の人の声がした。
こんな時間にどうしたんだろうか。


「何ですか?」

「え、あ、こんな遅くにすみませんっ!」


古泉の、かすかに聞こえる疲れたような声。
………呼び出し、か。


「いえ、大丈夫ですよ。」


嘘付け、すごく迷惑そうな声じゃねえか。
女の人には悪いけど。


「あの、あの、私、あなたが好きです!それで、あの、」

「…すみませんが、僕にはもう恋人がいますので。」

「あ!そ、そうですよね、ごめんなさいっ!」


ドックから俺のいる方向と反対側に走り去ってしまった彼女の後姿を眺めつつ、古泉の言葉を頭の中で繰り返してみる。
どうしてだろう、ひどくいたたまれない。


「キョンくん、いるんでしょう?」

「……やっぱり気付いてたんだな。」


お前のことだから、そうだと思ってたよ。
緑の軍服を少しだけ着乱してそこに立っている古泉は嬉しそうな顔で手招きをしている。

さっきまでの不機嫌はどうしたんだ、と思いながら俺はすぐ隣にまで近付いた。


「ヤキモチでも焼いてくれました?」

「残念ながら煙さえ立ってないぜ。」


ハルヒが狙ってたことは分かったが、俺がそんなことで揺らぐとでも思ったんだろうか。
いや、ただ楽しそうだから、だろうな。
あいつのことだし。


「お前が俺が好きで、俺はお前が好き。それで充分だろ?」

「―――――そうですね。」






この発言を俺が後悔するのは、明日の夕食時のことになる。













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録音されていたのは言うまでもない。









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