深層心理


気が付けばそこは一面の水溜まり。
広い広い、水溜まり。

空は美しく青くて、その色を反射する水面もまた美しかった。


ここは、どこだろう。


ずっとずっと続く水溜まり。
僕の足首から下を隠し、スラックスの裾をしたたかに濡らす。


どうして僕はスーツを着ているのだろう、どうして制服じゃないのだろう。

不思議に思って胸元を押さえると、ごつい何かに触れる感触。


背筋に、悪寒が走った。

昔、訓練の一貫として使ったことがある。
骨から直接伝わる振動が不快極まりなくて、もう二度と触れるものかと誓った。


スーツの下、シャツの上から巻き付けられたホルダー。
鈍色に光る、リボルバーが見えた。

一目見ただけで使い古されていると分かる銃。
スラックスの右ポケットからは大量の弾丸が出てきた。


これは、何だ。

僕は何故ここにいる、何故こんなものを持っている。





ばしゃ、と。

後ろから水音がして、驚きのあまり銃を構えて振り返った。

安全装置は外れていないし、弾丸の装填すらされていない状態で身を守れるはずがないのに。


「おわっ!」


両手を顔の横に掲げて驚く人は、僕のよく知る人だった。


「あなた、でしたか。」

「お前は警戒しすぎだ。もう敵は殲滅したし、しばらくしたら元に戻るだろうな。」


彼はぐるりと水溜まりを見渡す。
空を見上げて動きを止めたから、僕もまたそれに倣った。


「ほら、やっと崩れる。」


びしびしと音を立てて、世界に赤い亀裂が走る。

これ、は。


「閉鎖空間……?」


こんなに美しい閉鎖空間がかつて存在しただろうか。

いいや、それよりも。


「あなたはどうしてここに?」

「ん?何言ってんだ。今日は二人でここに来ただろ?」


変なやつだな、と彼が呟くのと、風景がSOS団の部室に変わるのはほぼ同時だった。


「何か変な夢でも見たか?」

「……いえ、変な夢を、現在進行系で見ているようです。」


だって、そんな。
彼は何故平然としている?
彼は、何故。





―――――右手に、銃を持っている。





「僕は、変な夢を見ているんですね。」


きっと彼は訝し気な表情で僕を見ているのだろう。

そう思って顔を上げた瞬間、額に冷たい感触。


「気付いたか?残念だな。」


もう、終わりだ、と。
唇がそう呟いた。








額に突き付けられた銃が、僕の体温で少し、温くなっていた。








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ゆるゆると目を開けると、彼が眉を潜めて僕の顔を覗き込んでいた。

額に、冷たいのか温いのかよく分からない感触がして、思わず手を伸ばす。


「あ、もう温いか?」


ちょっと待ってろよ、と部屋を飛び出す彼の背中を見つめて、やっと現状を理解した。


「風邪、かな。」


多分、熱を出して寝込んでいた。
そうだ、朝から熱があったから学校に休むと連絡を入れてそのままベッドに倒れ込んだんだ。


じゃあ何故彼はここにいるんだろう。


「持ってきたぞ、新しい冷えピタ。」


ありがとうございます、と返して時計を見る。
時間は、午前十時。


……あれ?


「あなたはどうして、ここに?」


今日は平日でもちろん学校はあるし、彼は制服を着ている。

どうしてかと首を捻ると、彼は笑いながら答えた。


「教科書を借りに、お前の教室に行ったんだ。
そしたら風邪で休みだって聞いて、電話しても出ないから多分相当きついんだろーなーって思ってな。
じゃあサボるか、とゆーことで俺はここにいる。
どぅーゆーあーんだーすたん?」

「………Yes, I do.」

「発音良すぎてムカつくな。」


分かったなら冷えピタ貼って大人しく寝てろ、と言い置いて彼は再び部屋から出ていってしまった。
僕のためだけに彼がわざわざ学校を抜け出してきたことが嬉しくて口元が緩む。





そして僕は眠りに落ちた。



























あの不思議な夢は、もう見なかった。













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ただ、あなたに会いたかった、それだけのこと。









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