其は花のごとく
僕はただ呆然と舞台を見つめていた。
むしろ、見惚れていたと言った方がいいかも知れない
華やかな柄の着物に金の帯。
金粉の塗された二枚扇がひらりひらりとはためく。
緩く結われた長い髪に朱塗りの髪飾り。
顔はうっすらと白粉で白く、唇には濃い紅が差してある。
現代的な放送器具から流れる琴の音色にあわせて帯に挿した藤の花が揺れた。
今まで笑いの絶えなかった場は、しんと静まり返った。
扇で顔を隠して優美な動作で舞台の袖に消えていった人物。
時間にして約一分という短い時間を踊り終えたその姿は、もう見えない。
再び声を取り戻す人々の口は、あれが誰なのかという疑問ばかりを語る。
二年五組の出し物は日本舞踊。
まあ、それだけでは人は集まらない。
しかし体育館の中は制服を着た人たちで埋め尽くされていた。
舞踊自体は何の変哲もない、ただの伝統のもの。
ただ、舞妓は、……二年五組の男子生徒だ。
勿論、女装済で。
その内容を彼が僕に話してくれたのは一週間前のことだ。
(不機嫌そうな表情がとても可愛らしかった、と言っておこう。)
あなたもやるんですか、と問えば残念ながら俺は裏方だ、と答えた。
それならそんな表情はしないでしょうに、とは思ったが、言いはしなかった。
ものすごい勢いで否定されることは目に見えてるし、怒らせるのも本意ではない。
最近、筋肉痛がひどいとぼやいていたのはきっと練習のせいなのだろう。
今年は僕のクラスで何か出し物をすることはなく、嬉々として見に行ったわけなのだけれど。
「……予想以上、ですよね。」
まさか、だ。
彼は全体的に細いから着物は似合うだろうし、日本人顔だから化粧もそれなりだろうと思っていた。
それなり、なんて、冗談じゃない。
誰よりも、どんなに美しい人も叶わないほどの美貌。
惚れた欲目でないことは、周りの人間たちの声が証明してくれている。
ざわ、と騒がしかった場がさらに騒がしくなった。
舞台上では次の演目が始まっていたが、そのせいではないらしい。
「古泉。」
艶やかな着物が、見えた。
絶句状態の僕の反応がよっぽど気に入ったのか、機嫌よさそうに笑う彼。
女性だ、と言われて紹介されたなら確実にそうだと信じるだろう、美しい人。
ぐい、と手を引かれて。
その手は勿論、彼の。
彼は未だに柔らかに笑っているから、僕も思わず笑った。
真っ赤な唇が部室に行くと声も出さずに告げるので、喜んで、と返して彼を抱き上げる。
「な!?」
「歩きにくいでしょう?お連れしますよ。」
着物が着崩れるからか、姫炊きよりはマシだと腹を括ったのか、すぐに大人しくなった彼を抱えたまま、廊下を堂々と歩くのだった。
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「美しかったですよ、すごく。」
「そう言うと思ったさ、お前なら。」
大仰にため息を吐く彼は、今の状態では物憂げな和服美人にしか見えない。
「メイク一つで個人の特定って出来なくなるものなんですね。……驚きました。」
「すぐに俺だって気付いただろうが。本当に驚いてたみたいだけどな。」
顔に出てました?と聞いたら彼は笑顔で頷く。
「笑顔、忘れてただろ?」
僕の頬に伸びた手が口元をなぞって、染められた唇が一瞬だけ触れる。
「…………あなたからキスして下さるなんて、明日はきっと雪が降りますね。」
「むしろ槍が降るかもな。
……さて、手伝え古泉。この着物、一人じゃ脱げないんだ。」
乱暴に付け睫毛を外す彼の額に口付けを落とした。
「喜んで、お手伝いしましょう。」
いつ終わるかは分かりませんけどね。
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その後の展開は勿論、
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