消えた傷痕
口を開けば零れ出る。
これは、”叫び”?
僕の全身がひたすらに叫ぶ。
気付かないで、気付かないで。
だってそれは許されない。
僕には、許されていない。
喉の奥が焼けるように熱い。
僕は、このまま、死ぬ。
それが、真実、それが、運命。
抗うな、受け入れろ。
だから僕は、僕自身の叫びを封印する。
願うな、気付かれてはならない。
僕に自由など、ないのだから。
腹部からだくだくと溢れ出る赤。
ああ、僕も人間だったのか、と笑う。
血が、あまりにも赤くて。
あまりにも、人間らしくて、安心した。
僕は人として死ねる。
壁に体を預けて座り込めば、もう立ち上がる気力など起こりはしなかった。
さようなら、世界。
僕が居なくても変わらない世界。
やっと僕は、人になる。
―――――、一筋の光が、見えた。
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目を開いたら見慣れた天井があった。
「……あれ、」
ここは、どこだ。
「お、起きたか?朝メシ出来たぞ。」
扉を開いたのはシンプルなエプロンを付けた彼。
僕は笑顔も作らず、多分きっと無表情で彼に手招きをした。
「何だ?メシ冷めるぞ。」
近くに寄ってきた彼の腰の辺りをぎゅう、と抱きしめたら妙な声が上がった。
ああ、これが、現実?
さらに強く抱きしめると抵抗をやめた彼は僕の頭にそっと手を乗せた。
ゆっくりと撫でられる感触に目を閉じる。
「どーした?怖い夢でも見たか?」
違うんです、と首を横に振った。
「すごく、幸せな、夢を見ました。」
「どんな夢だ?」
彼の優しい声が上から降ってくる。
珍しく優しい。
「五年前の今日を、覚えていますか?」
びくり、と抱きしめていた体が動きを止めた。
「あの日の夢を、見たんです。」
「…俺ならワースト3にはいるぐらいの悪夢だけどな。」
どうしてそれが幸せに繋がるのかと彼は問う。
五年前、まだ高校生だった僕たち。
今となっては懐かしいあの頃。
「死を覚悟した僕に、救いの女神がやってきたところで目が覚めました。」
ウインクをしながらそう言うと、彼は察したのだろう苦々しい表情を浮かべた。
「……もしかしなくてもその女神は俺か。」
もちろんです、と答えたら急に腕を引き剥がされ、彼は扉の外まで歩いていってしまった。
「ふざけたこと言ってないでメシを食え、仕事に遅れるぞ。」
ぱたぱたと走る音が、遠くなった。
僕しか居ない部屋で、一人、呟く。
「あの日、僕は決めたんですよ。」
人として死ぬことを必死に肯定しようとしていたのに、僕の全身はただひたすらに叫ぶ。
生きたい。
彼と共に、生きたい、と。
神に背く感情。
死ぬことが最高の幸せだと、信じていたのに。
なのに、いつの間にか、変わっていた。
生きたい、生きたい、と。
街灯がアスファルトを照らす。
僕以外の影が、揺らめいた。
『古泉……!?』
光だった。
誰よりも美しい、光だった。
「あなたのために、生きよう、と、決めたんです。」
神など、怖くない。
僕は僕の光のために、生きよう、と。
「一樹、メシ!!」
「はい、今行きますよ。」
消えたはずの傷痕が、少し痛んだ気がした。
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新婚。
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