サンクチュアリ


「Auf Wiedersehen」


ぱん、と軽い音ひとつ。
頭を通り抜けた弾丸は鈍い音を立てて煉瓦にぶつかり、落ちた。

赤に塗れて、潰れた金属。
倒れ伏した、人だったものの頭の裏側から脳漿がはみ出していた。


ああ相変わらず気持ちが悪い。


拷問したあとよりもずっと綺麗な死体。

でも、まだ傷まみれの醜い死体の方が綺麗だと思う俺はもう狂ってしまったのだろうか。





穴の開いた焦げ茶色の中折れ帽を拾いあげて俺が殺したばかりの男の傷口を隠すように被せた。


ほら、こうしたらまるでまだ生きてるみたいだ。














こんな死体、嫌いだ。


「何で最近は拷問の仕事、ないんだろうな。」


あれが楽しくてこの世界に足を突っ込んだようなものなのに。


「相変わらずの拷問狂ぶりですね、あなたは。」


気配もなく近づいて来たらしい男の声が、真後ろから。


「後ろから来るのやめろよな。間違って殺されたらどーすんだよ、ボス。」

「そんなヘマはしませんよ。」


俺が女なら一発で惚れるくらいのハンサムフェイスが柔らかく、暗い笑みを浮かべた。


と、言ってもこいつの笑顔を見分けられるのはどうやら俺だけらしい。
こんなに分かりやすいやつもいないと思うんだが。


「なあ、拷問の仕事ない?」

「ないですね、しばらくは。」


即答かよ。


「どうしてあなたはそんなに、拷問にこだわるんですか?」

「こだわってなんかねぇよ。ただ好きなだけだ。」


嘘だ。

好き、だというのは本当なのだが。
こだわり、……では、ない、のか?


ただ、俺の中の破壊衝動を何とか解消したかった。
それが、始まりだった。



切って抉って刺して剥いで、痛み苦しみによる絶叫が部屋を支配する。
赤い色、鉄の香り、ぎらぎらと光るナイフ。

俺は生きてるんだ、と、実感するために。
自分が傷付いても、痛みは感じないから。


人を傷つけることでしか、実感することができないから。



「愛してますよ、キョンくん。」

「何だいきなり。」


満面の笑みに、思考を中断。
今度は、本当の笑顔。


「いいじゃないですか。言いたかったんですよ。」


血迷っているんじゃないかと思う。

俺は男で、もちろん目の前のヤツも男。
男色家のボスなんて部下に愛想尽かされて終わりかもしれないのに。


「愛してますよ。だから、自分だけは傷付けないで下さい。
他の誰を犠牲にしても、あなただけは生き延びて下さい。」

「馬鹿言うな、部下は上司を守って死ぬんだよ。
そしていつか、お前は俺を殺したヤツに罰を下すんだ。
俺が好きな拷問よりも、もっとひどいことをして、殺すんだ。」


くしゃ、とボスの顔が歪む。

ああ、いい男が台無しじゃないか。


「あなたを殺すような輩がいたら、殺される前に助け出して尚且つ苦痛を与えながら殺しますよ。
……あなたは、僕が守る。」

「ボスが部下を守ってどうするんだって、何回言ったら分かるんだ?
いい加減他のヤツも呆れてたぜ?」

「いいんです、僕の聖域が守れるなら、誰にどう思われても。」


聖域?

一体何のことを言っているのか分からなかったので聞き返そうとしたら、古泉に思い切り抱きしめられた。



苦しくて、息が細くなって、骨が軋んで。

それでも心地よいと感じる俺も、末期なのかも知れない。


「ごめんなさい、こんな道に、あなたを引きずり込んでしまって。
でも、そうやってでも僕はあなたと共に生きたかったんです。

僕が汚れているから、だから、あなたも同じように汚れて、僕のところに堕ちてきてくれたら、と。」


何言ってんだ、俺は望んでお前についてきたのに。
そう言おうとしても強まる腕に締め付けられて声が出ない。


「なのに、あなたは美しい。ずっとずっと美しい。
だから僕はあなたを守らなければならないんです。
僕の聖域、僕の愛しい人、傍に、どうか傍に、いて下さい。」


美しい、なんてどの口がほざく。
俺は初めから汚れてる。

古泉の方が、もっとずっと美しく純粋な心を持って、いるのに。



ほんの少しだけ動く手を必死に上げて、上司のスーツにすがりつく。


シワができても構うものか。

俺がいたという証拠が残るなら、それこそ本望だというのに。


「……愛してます、僕の、サンクチュアリ。」







俺もだと呟いた唇から、言葉は零れたのだろうか。

俺には、分からない。
















分からない。













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最初の言葉はドイツ語で、「さようなら」
アウフ ヴィーダーゼーエンと読むらしいです。
拷問狂という設定が生かせず無念。









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