保健室は言ってしまえば古泉の根城みたいなもんだ。

だが何の変哲もない国語教師である俺がそんなところに行く理由などない。


昼休みにでも来て話し相手になって下さいよ、なんてあいつは言うけれど勿論、行くこともない。
昼休みは女子生徒で溢れかえるからな、行く気にもなれないさ。


綺麗な青空に、グラウンドを照らす厳しい陽射し。

夏が、近付いている。





赤い色なんて似合わない天気、の、はずだ。










ごめんなさい、と涙目で謝る少女は非常に可愛らしかった。

ああ、朝比奈さんを思い出すなあ。
あの人は可憐でしとやかで本当に可愛らしい方だったからな。

先生を呼んできます、と言った彼女に大したことじゃないからと笑顔で断って、少しだけ足を引きずりながら廊下をぼんやりと歩き始めた。


ほら、授業始まるから戻りなさい。


途中までついてきていた少女は会釈をしてぱたぱたと走り去る。

何で『廊下を走るな』と厳しく注意されるのは中学生までなんだろうな、なんて思った。
どうでもいい疑問だ。


「こいずみーけがしたー。」

「へぇっ!?」


あ、珍しい声聞けた。

どうした、そんな間抜けな声出して。
呆然としてる暇があったらさっさと治療しろ、保健医だろうお前は。


「…………そこに、座って下さい。」


たっぷり十秒待ったところで、古泉はやっと落ち着いた声で黒い長椅子を指した。

慌てるなよ、たかが切り傷だ。


…擦り傷か?

転んで切った傷はやっぱり切り傷に入るんだろうか、…疑問だ。


「で、どうしたんですか。」

「うん?階段から落ちそうになった生徒を庇った。」

「……怒りますよ?」


何で怒られなきゃならんのだ、褒めて欲しいね、むしろ。


「階段の角で切っただけだって、舐めてりゃ治るような傷だろ?」

「そうですね、舐めてれば治るような、軽い軽い傷ですね。」


そうだろうそうだろう、お前が怒ることなど何もないぞ。
だからさっさと治療してついでにコーヒーぐらい出してくれないかね?

古泉は俺の前に膝を着いて、自分の足に上に俺の足を乗せた。



その手に、消毒に使うような道具は、ない。


「古泉?」

「今、この保健室にはあなたと僕しかいません。授業終了まであと四十五分。
……舐めてれば、治るんですよね?」

「ちょ、ちょっと待……ひっ!」


痛い痛い痛い!
ちょっと待て本気で痛い!!


色素の薄い髪が、膝に当たる。
古泉の舌が傷口を往復し、抉るようにうごめく。



ええと古泉は何と言った?

保健室には誰もいない、授業終了まであと四十五分。



いやいやいや、いくら古泉でもそんな、ちょっとぞっとしないぞ。


「痛いから止めろ!」

「舐めとけば治るって言ったのはあなたですよ?」

「物の例えだ馬鹿!本気にすんな!!」


ああくそ、まだびりびりする。

古泉は立ち上がって口元を笑みの形に歪めた。


何だ、機嫌、悪いのか?


「多分、嫉妬してるんですよ。あなたは僕のものなのに、人のために体に傷を付ける。
……僕以外の人間のために付いた傷なんて、いらないんですよ。」

「…人を物扱いするな、そして何気に鬼畜宣言するな。」

「今日の授業はもうないはずでしたね。明日は……休んでもらいましょうか。」


人の話を無視するな、と、言うか。


「落ち着け。とりあえず落ち着け、な?け、怪我したのは俺が悪かったからさ。」

「まったく、あなたは僕にあまり関心がないんですかね?目の前でラブレターを読んでも嫉妬をする気配すらない。
これで落ち着いていられますか?僕ばかりが、あなたを求めているみたい、で。」


話が噛み合ってない!

てかお前、やっぱり俺の前であの手紙を読んでたのはわざとだったんだな!

ちくしょう、むかつく。





………じゃ、ない!!


「今日は足腰立たなくしてあげますよ。
来週は修学旅行についていかなければならないので、しばらく相手してあげられませんし。

大丈夫です、僕がちゃんとつれて帰りますから。」

「ま、まて古泉、ちょっと待て!」


誰か助けろ!
ああでもこんな状況を誰かに見られることだけは避けたい!!

いつの間にか両腕は完全に拘束されてるし、足だって動かない。



俺は治療をしに来ただけなのに何でこんな目にあってるんだ!!


「保健室だから、色んな道具がありますよ。何から使いましょうか?」


だ、誰か!!














目覚めたのは、次の日の夕方のことだった。













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それでも眠った時間は10時間。









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