スティグマータ


俺を助けてくれた人は俺の光であり、俺よりも深い闇の中にいた。


借金を払うために売り払われた俺の体。
泣いて請うことも逃げ出すことも、陥落することも甘受することもしなかった。

ただ全てに無関心で、触れられることにも反応せずに。

痛みに、苦しみに、快楽にさえ喘ぐこともせず、やがて俺を買った男は俺を売ることを決めた。


それさえも、どうでもよくて。



気付いたら俺の前には死体がいくつか転がっていて、俺の主人である人はどこにもいなかった。
オークション会場のステージの上で、銃殺されていく人々。

マフィアだ、と叫んだのは一体誰だったのか。


「綺麗な子ですね。」


俺の目を覗き込んだのは美しい造形をした男。
高級そうなスーツに返り血がついていて、それでもその男は笑顔だった。


「僕と一緒に来ませんか?」


光だ、と。
そう思った。

久し振りに動かす表情筋を駆使して必死に笑顔を作り、差し出された手を躊躇わずに取った。


一年ぶりに浮かべた表情だった。









綺麗な服を着せられて、美しい男の前に俺はいた。


「ボス、」

「黙りなさい。あなた、名前は?」


口を開こうとして、視線は彷徨い最後に行き着くのは足元。
開きかけた口を、閉じた。


気持ち悪い笑みを浮かべた男がおれの名を呼ぶ瞬間を思い出す。





―――――何だろう。





名前が、出てこない。
俺の名前は、何?


唯一思い出せるのは、妹が俺を呼ぶ声。


「キョン。」


ほかに、思い出せないから。
本当の名前を問われるかと思ったが、目の前の男は笑って。


「キョンくんですか。よろしくお願いしますね。」


マフィアのボスは、古泉一樹と言う名前だった。












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銃は、嫌い。
ナイフも爆弾も、嫌い。



古泉に引き取られて五年、俺は十九歳にしてマフィアの幹部の席に座っていた。

古泉はひどく反対したが、それを振り払ってこの世界に手を染めたのは三年前。
両親を苦しめていた成金の男を殺し、俺を売り払ったギャングを殺した。
俺を買った男と、その家族も殺した。

それでも、足りなかった。


みんな残虐な方法で殺したのに、恨みは消えなかった。

だからなのだろうか、俺は拷問部屋に入り浸るようになっていた。
人の悲鳴を聞いていたら、少しは満たされるような気がしたから。


いつの間にか率先して拷問をかけるようになっていて。

俺が一人殺すたびに、情報を引き出すたびに、古泉は謝った。


「ごめんなさい、引き込むつもりはなかったんです。」


俺は笑顔で答える。


「俺は好きでやってるんだ、気にするなよ。」


仕事ぶりは幹部の人たちに気に入られて、たくさんの人と仲良くなった。
俺より後に入った奴は俺を怖れるようになった。

そして、幹部入りが決まったんだ。



反対はなく、みんな喜んでくれた。






やっと、自然に笑えるようになっていた。





「ごめんなさい、ごめんなさい、キョンくん。」


古泉は、俺を抱きしめたまま、泣いた。


「あの時、僕があなたを見つけなければ。」


幸せだから構わないんだ、と答えても古泉は首を横に振るばかり。
腕の力が、強くなった。


「ごめんなさい、愛してるんです。」





―――――ああ、





この人は美しい人なんかじゃなかった。
ただ俺を、自分のものにしたかっただけ。

俺よりも深い闇を持った、人。





―――――何て、愛おしい。





「俺だって、お前が好きだよ。」












生まれて初めて、本当の幸せを、感じた。













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出会いから。
「好き」は言えるけど「愛してる」は言えない。









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