黙殺強襲例


「ばーか。」


柔らかな罵り声には、優しさが含まれていて。
笑顔のあなたは、僕の両手を取った。


「ばか、ですか。」

「うん、ばか。」


彼の薄い唇が言葉を紡ぐ。

あなたの声は、まるで睦言。
何を言われても僕には愛を囁いているようにしか聞こえない。


「そんな僕も、好きでしょう?」


ぐしゃぐしゃになった白いシーツは今までの行為を強調しているようで、少し、恥ずかしい。
それでも愛を確かめ合えるのなら。


「自惚れんなよ、事実だけど。」

「事実なんじゃないですか。」


彼が包み込んだ僕の両手は、誘われるように彼の首元へ絡みつく。


「な、絞めて。」

「これ以上絞めたら痕、残っちゃいますよ。」


鎖骨の窪みに触れると、柔らかな気管の感触が指に伝わってくる。
力を入れたら、死ぬんだろうか。


「いいから。」

「仕方ないですね。」


ぐ、と力を入れる場所は、あえて気管から外して。
力を入れても、あまり苦しくない場所を締める。


「こ、いず、み、」

「はい、ここにいますよ。」


苦しみに悶える姿は、とても美しくて。
それでも、少し心苦しいと思うのはほんの一握りだけ残った僕の良心。


「か、はっ、」


喉の奥から咳き込む音に、僕は彼の白く細い首に絡めていた指を引き剥がした。
うっすらと残る鬱血の痕は、明日にはもっと色濃くなっていることだろう。


「首輪でもつけたら、この痕は隠れますかね?」

「いいな、それ。……何色がいいと思う?」


休みの日の彼の姿は決まって、僕のシャツにデニムのパンツ。
その格好を思い浮かべながら、似合う首輪の色を考える。

僕の前で彼はとろんとした瞳を向けていた。


「赤、…黒でもいいですね。どっちが好きですか?」

「んー、黒。」


そう言うと思ってましたよ、と返して明日の予定を思い出してみる。


「明日は手術、でしたっけ?」

「ああ、表の予定ではそうだったかな。」


それならば一緒に買いに行こうか、彼に似合う黒くてごつい、首輪を。
涼宮さんの力が衰えている、という話をしたのは一週間前だっただろうか、それとも二週間前?
曜日の感覚は完全に狂ってしまっている。

その話を聞いた彼は、光を失った瞳で言った。


「俺を、お前のものにして。」


何と言う殺し文句だろう、と思った。

涼宮さんに囚われてから一年半、僕と付き合い始めてから一年。
彼の瞳の色は徐々にあの、閉鎖空間のような色に染まっていった。
それは僕との関係にあるのだろうか、涼宮さんの力にあるのだろうか。

僕は、笑顔でそれを、了承した。

彼は壊れる寸前で、……壊れてしまった、と言うにはきっと、まだ早い。
もしかしたらまた、昔の彼に戻るかも知れないという望みをかけて、機関に申し立てた。

今の彼を、神に会わせてはならない。
彼の精神は、壊れかけている。
僕の言葉を疑いもせず、機関は彼のためにカルテを作った。

病名は、覚えていない。
急性のもので面会は謝絶、手術は目前、という嘘偽りのカルテ。
そして僕は彼を、彼の望み通り、部屋に閉じ込めた。

閉じ込めたと言っても、僕と共に買い物に行くことはあるし、部屋の鍵だって閉まっていない。

それでも、『閉じ込めた』と。


「なあ、古泉、首絞めて。」

「もう今日はいいでしょう。明日、首輪を買ってきてからにしませんか?」


彼と共に、この部屋で過ごした短い期間。
瞳の色は鮮やかに戻ったのに、精神だけは、変わらぬまま。


「うーん、じゃあ、飯作る。」

「今日はパスタが食べたいです。」


彼はいつもより優しい表情で、分かった、と答えた。
彼はまだ、壊れていない。

机の上に置き去りにされた携帯は、彼を閉じ込めてから一度も鳴っていない。
どうしてだろう?閉鎖空間が起こったという感覚はあるのに。
一度、僕から連絡を入れたけれど、通じなかった。

まあ、いつか嫌でも入るだろうから、それまでは静かな休暇を楽しもう。


『―――――が、何者かに殺害されているのを、生徒が発見、』


久し振りに、ニュースを見た。


『容疑者は、――――――――、今日未明、警察署に出頭、――、』


誰だろう、知らない名前が呼ばれた。
死んだのは北高の生徒で、何者かに殺害されていたらしい。

僕と彼が登校していない間に、そんな恐ろしいことが起こっていたんですね。


「あ、古泉、チャンネル変えて。」

「見たい番組でもありましたか?」


ううん、と彼は首を横に振る。


「見たくないんだ、そのニュース。」

『被害者の名前は、涼宮ハルヒさん、十六歳。』


彼が持っているのは血にまみれた、僕の制服。


「もう捨てるか?着れそうにないし。」

「……ええと、それ、は、」


僕は昨日、この家で何をしていたっけ?
彼は美しい表情のまま、口角を上げた。


「ん、これ?お前が昨日着ていった制服だろ?この血は、」





―――――ハルヒの、じゃないのか?





そうなんだろ、と嬉しそうに笑う彼に、眩暈がした。

僕は、僕、は?



机の上の携帯は、今日も鳴らない。
















本当に病んでるのは、誰?













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涼宮さんを殺したのは僕?携帯を壊したのも僕?
彼はそれを知っているのに、どうして笑っていられるのだろう。









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