そしてまた始まりの日は訪れる
「昨晩11時28分、古泉一樹の存在の消滅を確認した。」
がたん、と音がして。
気付いたら俺は椅子から立ち上がっていた。
先刻の音はパイプ椅子が倒れる音。
俺が、倒した音。
長門は今、何と言った?
今日はエイプリルフールか?
それとも新しい冗談か?
俺の正面に座っていた朝比奈さんは困った様な表情で俺を見ている。
「あの、……古泉さん、って…誰、ですか?」
彼女は、何を言っているのだ。
古泉は古泉だ。
昨日、朝比奈さんが座っている椅子に腰掛けて、いつものようにオセロをしていた、あの。
そこまで考えて俺は部室にある本棚に向かった。
チェス、将棋にトランプと様々なボードゲームが置いてあった棚。
今は、がらんとしていた。
「嘘、だろ?」
「本当のこと。私以外で彼のことを覚えているのはあなただけ。他には誰も、覚えていない。」
どうして、俺だけ。
「彼に頼まれた。あなたの記憶は守って欲しいと。だから。」
そう答えた長門の瞳、感情は、読めない。
朝比奈さんは俺と長門の話に混乱しているようだった。
すみません、俺には説明する余裕すらないみたいです。
胸が締め付けられるような痛み。
痛い、苦しい、息が出来ない。
瞼の裏側から滑り落ちたのは、熱を持った雫。
これは多分、涙。
悲しい?
そうに決まっている。
どうして消えた、どうして消した。
開いた携帯のアドレス帳には名前すらなくて。
完璧に暗記している番号にかけてみても繋がりはしなかった。
「話には、続きがある。……聞いて。」
「…………続、き?」
古泉が消えて、それに、続き?
「昨日までの季節は秋。今日の季節は夏。」
「……?」
「昨晩、古泉一樹の存在は消滅した。それと同時に世界は改変された。今日は五月、古泉一樹の転校初日。」
驚きに俺の涙は止まった。
朝比奈さんは未だに何が起こっているのか分からない、と言いたげな表情を浮かべているが、俺には分かる。
古泉は、生きてるんだ。
生きて、そこにいて、前と変わらないようにこのSOS団に入って副団長に任命されるという未来が待っているんだ。
いないよりは、ずっと、いいじゃないか。
「………ありがとう、長門。」
それが古泉の頼みだったとしても、俺が感謝すべきは長門だろう。
記憶を残してくれて、本当に、ありがとう。
頬に残った涙をしっかりと拭ってしまった直後、ハルヒは満面の笑みを浮かべて扉を開けた。
未来よりも更に、派手な音を立てて。
何だ、ハルヒも実は丸くなってたんだな。
これからまた性格を少しずつ柔らかくするために奮闘せねばならんのか、それは面倒だな。
ハルヒが紹介したのは、見間違えるはずもない、元恋人で。
「古泉一樹です。」
ああ、懐かしい。
俺が初めて古泉と出会ったこの場面。
もう、お前は俺を見てくれないんだろうな。
握手を求められ、それに応じて手を握れば何か紙を手渡された。
ハルヒに見えないように、こっそり。
(こんな場面なんて知らない。)
俺が驚いて古泉の顔を見れば、気障ったらしいウインクが返ってきた。
そんな、こと。
長門を振り返ってみると、やはり驚いているようだ。
ほんの少しだが、表情に変化があった。
まさか、本当に。
古泉がハルヒと話を始めたので、俺は先程のくしゃくしゃに丸められた紙を広げた。
そこには相変わらずの下手くそな字が並んでいて。
見つからないようにブレザーのポケットにぐしゃ、と突っ込んだ。
綺麗に畳んでいる余裕なんて、ない。
「ちょっと、どうしたのよキョン!」
視界は既にぼやけていた。
零れる涙が床の木目に染み込んでいった。
「目に、ゴミが入ったんだよ。」
覚えて、いたんだな。
俺はポケットの中にある紙を握りしめた。
二人だけになったら、この紙に書かれたことと同じ言葉を返そう。
奇跡に近いことが起きたんだ。
それくらい、やってやるよ。
『愛してる。』
そう言って、思い切り抱きしめてやる。
その後は殴ってやろうか、それとも俺からキスでもしてやろうか。
溢れ出す止まらない涙を懸命に拭いながら、俺は知らぬ間に笑っていた。
馬鹿野郎、俺を泣かした責任、取ってもらうんだからな。
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消失ネタが好きです、改変ネタが好きです、キョンを泣かせるのが大好きです。
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