ざまあみろレイニーデイズ


ぴしゃん、水音。揺れる水面、跳ねる水滴。足を前に投げ出すように歩けば雫を蹴り上げ、後ろに振れば水溜りを掬い上げる。
地面にぽつりぽつりと波紋を呼ぶのは雲から生まれる無数の水の固まりで。ああ、雨だなと感慨もなく思った。

靴はとっくの昔にびしょ濡れで、前に進む度にぐじゅぐじゅと気持ちの悪い音を立てる。それでも止めようとは思わない俺は、まるで子供にでも戻ったような気分で道路の真ん中を歩く。

傘は持っていなかった。小さく降り注ぐ霧のような雨でも、長時間打たれていれば全身余すところなく濡れてしまっていて。

季節は真冬。立春は訪れて多少暖かくはなったけれど、つい先日には雪が降ったばかりで指先は凍えそうなほどに冷たい。感覚など遥か前に失ってしまった。

雨が雪にならないほどの気温の中、少しだけ気分は高揚していて足取りは軽い。色とりどりの傘が交差点でくるくると咲き誇る中、俺の存在はひどく浮いているようであった。


「さすがに、寒い」


ぽつりと呟く唇は小さく戦慄き、やはり体は冷え切っているのだろうと改めて感じる。それでも足を止めない自分は一体何がしたいんだろうね。


ぴしゃん、ぴしゃん、自分の足音ばかりが響き渡っているような錯覚。雨が降っていてもこの世界は何も変化することなく騒がしく、忙しく、冷たい。きっと何が起ころうとこの騒がしさは変わらず静かになることはないのだろう。

そんな、哀しくも当たり前となってしまった世界を歩く。たまにすれ違う人が怪訝そうな顔をして振り返り、すっと目を逸らしていく。彼らの目に刻み付けられる俺の残像は、脳に行き届くこともなく消え失せてしまうのだろう。それが、他人なのだから。


ふらふらと行く宛もなく歩いて。街中の汚れてしまった空気の中で、雨は綺麗にきらきらと光っているように見えた。いつもと違う気分で見る世界は、美しい。


「でも、つまんねーなぁ」


もっとずっと楽しいことが、この世界では起こっているのに、それを知らない人たちで溢れている。みんな、早足で通り過ぎて行く。俺もこの中の一部だったのかも知れない。
ぴしゃん、足音を響かせると、じぃんと足の先が冷たさに痛んだ。もう靴は靴としての機能を失くしてしまっている。

水滴が落ちる。音が鳴る。掻き消される。

綺麗な色の隙間から、紺色が見えた。ばしゃん、大きな水音と共に近付いてくるそのスピードは速く。大きく揺れる傘の下、珍しい表情がそこにはあった。色のない傘が、何故かとても鮮やかに見えた。


「へ、」
「あなた…何やってるんですかっ!」


ぐい、と腕を引かれて間近に見慣れた顔がはっきりと見えて。俺の全身に降り注ぐ冷たい雨は遮られ、辺りの喧騒さえも全部遮断されたような、そんな気さえした。


「古泉?」
「ああもうこんなに冷えて……何で傘も持たずに出かけたりするんですか、心配するでしょう!」


よく見ると古泉の息は少し荒く、もしかしたら一生懸命俺のことを探してくれていたんだろうか、なんて嬉しくなる。焦った表情は珍しかったし、ほっと安心したように体の力を抜く姿もあまり見ない。


「……ごめん、なさい?」
「何で疑問系なんですか…いいですよ、怒ってませんから」
「怒ってないのか?」


古泉が寝ている間に勝手に家を抜け出して、携帯も持たずにただ歩き回っていたのにそれでも怒っていないのだろうか。自分勝手な行動をする俺に愛想を尽かしてもおかしくないだろうに。まったくもってこいつは俺に甘すぎる。


「心臓が止まるかと思いました」
「……うん、ごめん」


慌てて出てきたのだろう、この季節には少し薄着すぎる古泉のジャケットの袖をつまむ。傘を持っている手がぴくりと動いて、そいつが少しだけ動揺してるんだなと思った。そんなに珍しいかね、俺の行動は。


「帰る、か。今度からはちゃんと傘持って出る」
「ちゃんと僕に声をかけて下さいね。心配するんですから」
「わぁったよ…」


どこに帰るのか、とは聞かないんだな。もしかしたら自分の家って意味かも知れないんだぞ?古泉くん。けれどきっと俺の考えてることくらいお見通しなんだろう。忌々しい。
そうさ、もうこいつの家は俺の帰る場所なんだ。帰る家が二つあってもいいだろう?

ぴしゃん、ぴしゃん、二人分の足音が響く。びしょ濡れのままの俺を怪訝そうに見る人があるけれど、そんなもの気にしない。ああどうせなら見せびらかしてやろうか。


「古泉」
「何ですか?」


ぐっ、と傘ごと手を引っ張ると、古泉がうわ、と驚いたような声を上げた。ちょっと珍しいなと思って緩んだ自分の唇を、そのままそいつの唇に押し付ける。傘は俺たちの顔を隠してくれているわけでもなく、ただ雨を遮っているだけで。


「ははっ」
「な、なっ!笑わないで下さいよ!」


慌てるそいつは真っ赤になった顔を背けてどうにか隠そうとしているらしい。けれど俺を濡らさないために動かさないままの傘の中で、隠れるわけもなくて。案外可愛いなぁとか思うと更に笑えてきた。ああ、やっぱり気分は高揚しているんだ。普段の俺なら、こんなことしないんだから。


「そっ……そもそも!何でこんな雨の中外に出たんですか…っ」


周囲がささめく声が聞こえる。でもそんなこと、全然気にならなくて。


「もう、忘れたよ」


でもそんなに真っ赤な顔を見れたんだから、役得だったかな。ざまあみろ古泉、もっと俺のことで脳内いっぱいにしやがれ。
そう言えば隣から、もう手遅れですよという声が聞こえた。俺は何も答えなかった。雨音が声を掻き消したことに、してしまおう。


こんな雨の日も悪くない。













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他ジャンル小説リメイク。雨の日のキョンデレ。









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