α Canis Majoris
「よう、久し振りだな」
何かを企んでいるような、そんな笑顔で俺に手を振るのは一年振りに見た知り合いの姿だった。
知り合いと呼ぶには遠いようで、けれど近いような不思議な距離感、謎の関係性だったけれど。
「会長、どうしたんですかこんなとこで」
「まだ会長って呼ぶのか、もう俺もお前も卒業してんだろ」
「あだ名だと思えばいいじゃないっすか。呼びやすいんですよ」
まあいいかと呟いて会長は煙草に火を点けて俺の横に座った。真昼間の公園でこの人は何やってたんだか。まだ隣でにやにやとしているその人はとても楽しそうだ。
「待ち合わせか?」
「あんたもよく知ってるやつですよ」
つい最近卒業したばかりなのに、もう大分昔のことのように感じる高校時代。あんなに騒がしかったのが今では嘘のようで。でも、あの三年間がなかったら今ここに俺はいないんだろうなぁ、何て。ここに俺がいるのは、その高校時代を共にした相手を待っているからである。
あいつ、いつも待ち合わせより早く来るから今日は一時間半も前に来てみた。さすがに早すぎたようだが。おかげで懐かしい人と遭遇したわけだが。
「なあ、俺がお前に一方的に取り付けた約束、覚えてるか?」
「……あー、まあ、覚えてますけど。あんたが覚えてたことに俺は驚いてますよ」
一年と、少し前。まだ俺が高校二年生で大学のことなどこれっぽっちも考えてなかった時期。会長は受験が終わったばかりだった。
たまたま生徒会室の前を通りかかった俺は何故か生徒会長ではなくなったはずの彼に部屋へと引きずり込まれたのだ。何でそこにいたのか今でも謎なんだが。
で、まあ世間話やら何やら…主にSOS団の話だったか?それなりに楽しく話していたところで俺は気付いたのだ。
「会長、耳のそれ」
「気付いたのか。意外とバレないぞ」
よくよく見れば分かるくらいの、耳に開いた穴。透明のピアス。
「まあ学校だからな、普通のはしないが。俺の校則違反なんて今更だろう」
じっと見つめていると羨ましいのか?と声をかけられる。そりゃあ高校生からしてみればちょっとした憧れでもある。ピアスって大人な感じがするじゃないか。羨ましくないと言ったら嘘になる。むしろ見ていたら開けたくなるくらいだ。
「じゃあ、お前が卒業したら俺が直々に開けてやるよ。卒業祝いにな」
「はは、期待しないで待ってますよ」
と、軽く流した言葉を会長はどうやら覚えていたらしい。というか、本気だったんだな。
「俺は結構お前を気に入ってたんだ。あの古泉を落とすぐらいだしな」
「何ですかその理由は」
そう返しても会長は楽しそうに笑うばかりで、もはや何を聞いても同じだろう。この人は人をからかうのが好きらしいから。
「と、いうことで耳出せ。色は青しかなかったしこれでいいだろ」
小さな鞄から取り出したのはたまに見かける白いあれ。使い捨てでピアスの穴を開けるあれだ。名前は知らんが。
「いっ…今開けるんですか?」
「当たり前だろう。大人しくしていたまえ」
まるで前の、演技をしていたときのような口調で笑うからまた違和感。というか本気か。これってそもそも冷やして耳の感覚を鈍らせてから開けるもんじゃなかったのか?痛いのは好きじゃないんだが……。
「動いた方が失敗して痛いからな」
「お、脅さないで下さいよ…」
「事実だしな」
会長の顔がぐっと近くなったかと思えば、ばちんと左耳の方で大きな音がする。遅れてじんわりと痛み始める耳たぶ。
「……っ!」
「ほれ、左はこれで終わり」
「予告して下さいよ!」
「新鮮な反応で楽しいなぁ。はーい痛くない痛くない」
まるで子供をあやすように声をかけられまた心の準備をする間もなく右耳の方で音がする。じわりと涙目になるのを感じながらそっと両耳を押さえると、目の前に楽しそうな表情を浮かべる男が見えた。勿論、会長本人だ。
「じんじんする……」
「最初はそんなもんだ。これが消毒な、一ヶ月は外すなよー後はまあ調べろ」
ぽん、と手の中に落とされたのは小さなボトル。水音がするからきっと消毒液が入っているのだろう。
「適当っすね」
「いつもこうだったろう。……お、」
まあ確かに、と思っていたら会長は不意に俺の後ろに目を遣り、声を上げる。さっきよりも更に楽しそうだ。本当、生徒会長役が似合うのは見た目だけだよな。
「お前の待ち人が来たみたいだから俺はそろそろ行くわ」
どうやら後ろから古泉が歩いてきているらしい。待ち合わせ一時間前だぞ、いつもこんなに早く来てやがったのか。今度から待ち合わせの時間を考えなきゃいかんな。
そいつの姿を目に入れるため振り返ろうとしたところで頭の上に大きな手が乗せられる。会長だ。さっきピアスを開けたときよりも間近に顔が来て、ちゅ、とリップ音。
「へ、」
「なっ!」
「そんじゃーな、まあ会ったらまた話そうじゃないか」
後ろから古泉の驚く声が聞こえる。俺はと言えば何が起こったのかよく分からなくて、とりあえず何かが触れて行ったおでこを押さえてぼんやりと会長が去るのを眺めていた。
「あなた無防備すぎですよ…!そもそもどうしてここに会長がいるんですか!!」
がっしりと力強く肩を掴まれ、ぐりっと体ごと後ろに向けられる。目前に古泉の顔が迫っていて、今日は何だか美形日和だ。
どうして会長がここにいるのかと言われてもそれは俺が聞きたいところだし、無防備って一体何のことだとも言いたいけれど頭の整理が上手く出来ていないからか、とりあえず状況説明を始めた俺の口である。
「えーっと、会長にピアス開けられて、でこにちゅーされ、た?」
「ピアス…って、」
「いや、高校の頃約束してて……」
適当に説明すると、不機嫌そうだった古泉の表情がどんどん険しくなる。そこまでの顔は中々お目にかかれないから逆に珍しい。そんなに気分を悪くするようなこと言ったか?
「気に入りませんね」
「へ、ピアスとか嫌いなタイプだったかお前」
意外だな、と言うと緩やかに首を横に振られる。違うのか。
「違いますよ。会長から渡されたものなのに、あなたによく似合ってるのが腹立たしいだけです」
そっと俺の耳たぶに触れる手付きは優しいけれど、開いたばっかりの穴はただの傷口と変わりなく、じんじんと痛み続けている。大分マシにはなってきたけれど。
「何だ、嫉妬かよ……」
「嫉妬ですよ」
両肩を掴んでいた手はいつの間にか俺の両頬を包み込んでいて。こめかみに唇が触れる。おい、ここは公園だぞ。今はそんなに人通りないけれど見られてる可能性は大いにあるぞ。見た方が可哀相じゃないか。
「ちゃんと穴が出来たら僕がプレゼントしますからね」
俺の耳にしっかりと嵌め込まれた青い石はまだ俺には見えない。それに触れながら古泉は強く言い聞かせるように言葉を紡ぐ。分かりやすい嫉妬に心地良さを感じながら、混乱した思考はどうにかまとまってきて。
「じゃあそのときはお前もお揃いだからな」
ふに、と古泉の耳たぶを掴む。こいつには何色が似合うだろうか。こいつにも似合って俺にも似合うものを探すのは難しいだろうか。
「……えっと、」
「二回も言わねぇぞ…」
結構恥ずかしいんだからな。待ち合わせの一時間も前に集まったんだ、今からピアスを見に行ってもいいんじゃないか?別に今日の予定は何もないんだからな。
古泉は感極まったように俺を抱きしめて叫んだ。
「っ大好きです!」
「うっせえ黙れ!」
俺よりも背の高い体を振り払って、頭を叩く。ほら行くぞ、ずっとここにいても目立つだろうが。ただでさえお前は顔がいいんだからな。
何故か機嫌を急上昇させた古泉はにこにこと笑いながら俺の隣に並ぶ。最近の俺はこいつに対して甘すぎるんじゃないかと思ったけれど、まあいいか。大サービスだ、喜べよ。
耳の痛みは響く。ピアスを変えた頃にまた会長に会って盛大にからかわれるような気もするけれどそれはまだ先の話になるだろうから、考えないことにするか。
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赤…緑?紫、は……ううん。もういい、古泉、お前が選べ。
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