服従と沈黙とXXX
死と隣り合わせの状況なんて物心付く頃には当たり前のことで、生きるためには人を殺すしかなかった。そんな殺伐とした時代。
自殺をするやつも多かった。殺される前に死んでやれ、それが弱いやつらの主流。殺される前に殺せ、それが俺の至った結論。
自殺の方法なんて様々だったけれど、どれもひどいものだった。焼死に切腹、飛び降り首吊り。薬は高いから手は出せず、銃だって勿論そう。
幼い頃、両親は殺された。銃で一撃だった。俺は眠っていたから殺されずに済んだのだろうけれど、銃声で目が覚めてリビングへ駆け込めばそこには頭から血を垂れ流し脳漿をまき散らしている両親だったものが転がる部屋。
黒くてらてらと光る血の色がオレンジ色に照らされてじわりじわりと絨毯を広がって染め上げる。
俺はこの光景を、一生忘れられはしないんだ。
多分家から持ってきたのだろう銃にはもう弾丸など残っておらず、むちゃくちゃに振り回してぼろぼろになってしまった刀を持って逃げて。
死にたくなかったし、殺されたくもなかった。人の来ない辺鄙なところに逃げ込んで、体力が回復するまで待って。そしてまた生きるために動く。そんな生活だった。
どうしてそうなったのか分からない。両親が死んでしまったあの場面から先を俺は覚えていないから。両親が笑う顔も、俺に話しかける声も覚えていない。俺の心は静かに、死んでいった。
「ああ、あなたが」
話し声が聞こえて微睡んでいた意識を慌てて引っ張り上げ、もう切れもしない刀を構える。鍔がかちゃかちゃと音を立てて不快だった。鞘は放り投げて、歪んだ視界で目前の人物を捕える。
「安心して」
優しい声だった。こんなに穏やかな声を俺は初めて聞いたような気さえして。それでも警戒の解けない俺はただ必死に刀を構えていた。
「僕はあなたを、迎えに来ただけだから」
かすかに見えたのは優しく笑う少年。俺よりも少し年上の、小奇麗な男。ふつりと意識はそこで途切れ、聞こえたのは俺が刀を落とす音だけだった。
すらりと伸びた美しい刀身に俺の顔が映る。磨き上げた銀色は鈍い光を放ち、きらきらと俺を魅了した。
堅苦しい黒いスーツを適当に着崩してソファにしなだれかかり、刀の滑らかさを視線で堪能していると不意に視界が陰った。
「いい加減僕のことも気にかけて下さいよ」
「……お前さっきまで銃の掃除してただろうが」
ソファの上から俺を覗き込む男は柔らかな笑顔を浮かべて俺の肩に手を置いている。手入れ中に背後から近寄るとかこいつは俺に切られたいのか?お望み通りそうしてやろうか。
「終わっちゃったんですよ」
「じゃあ書類でもまとめてろ。次の交渉は明日だろうが」
くすくすと笑いながらそいつは俺の肩に置いた手を前に滑らせ、ぎゅう、と首元に抱き着く。ふわりと甘い香りが近付いて一瞬どきっとした。
男の名前は古泉一樹。俺とそんなに年齢は変わらないが一応は年上で、三十代手前だというのにこのファミリーをまとめているトップに君臨している。主に交渉事が上手いからここまで上り詰めたのだろうけれど、やたらと強いのもその一環だ。
今にも死にそうだったあの日、俺を迎えに来たのはこの男だった。曰く、「街中で一目惚れしたのでずっと探していたんです」ということだが真相は分からない。未だに教えてもらえないからな。
所謂「マフィア」の一員に入ることになった俺は、ファミリーの人たちに鍛え上げられいつの間にやらボスの護衛役にまでポストを上げていた。気付けば俺もとっくの昔に少年ではなくなっていたのだ。
「実はね、交渉が今日になりそうなんです」
「はぁ?じゃあお前さっさと準備しなきゃいけないんじゃねーの?」
耳元で甘く囁かれるのを押しのけつつ刀の手入れをさっさと終了し、腰のベルトに鞘を括りつける。ずっしりとした重みが落ち着くのはもうずっとこの重みを振り回しているからだろうか。
さすがにあの頃使っていた刀とは違うけれど、俺が生きるために必要なのはこの世界では当たり前のように使われている銃よりもこの綺麗な刃なのだ。
「結果だって見えてるんです。交渉は決裂。じゃあ準備をする必要もないでしょう?」
古泉は懐から銃を取り出しくるくると回す。にこりと笑うその目は、深い色をしていた。
俺は慌てて電話を階下に繋げ、警備に声をかける。古泉の直感が外れることはない。こいつのことは一応信用してるんだ。
「お前の鋭さには驚かされてばっかりだよ」
「生き残るためには必要ですしね。ほら、お出ましですよ?」
俺たちのいた応接間の扉が大きく開かれ、その向こう側には銃を持った相手がずらり。
「げっ…おい古泉お前は伏せてろ!」
「嫌ですよ、あなたが撃たれたら困っちゃいます」
「お前が撃たれた方が俺は困るんだよ!!」
胸元から銃を引っ張り出し、相手が乱射する弾丸の中に突っ込む。右手でさっき手入れしたばかりの刀を引き抜き、そっと銃身を撫でるように引き裂いた。
銃身が割れ暴発したせいで手を吹き飛ばされた男に容赦なく切っ先を突き付け、首を抉る。その隣に立っていたやつが振り返る前に背中を斬り付け、左手に持っていた銃で逆側に立っていた男の頭を貫く。
背後でがしゃんと機関銃の落ちる音がして、倒れ伏す男の脳漿が飛び散っている。どうやら古泉は逃げることなく応戦しているらしい。どんなに逃げろと言ったってこいつはいつも俺の傍から離れようとしない。おかげで俺はいつも死ぬわけにはいかないわけだ。
地面を蹴り屍を踏みつけながらただひたすらに斬る。生死は問わない、戦闘不能に陥ればそれでいい。気付けばそこに立っているのは俺と古泉だけになっていて、ばたばたと廊下の向こう側からファミリーたちの走ってくる音が聞こえる。
「あーあ、せっかく手入れしたばっかりだったのにまた油まみれだ」
右手で刀を一払いすると絨毯に赤黒い血がまき散らされる。ネクタイを外して油を簡単に拭い取ると古泉は呆れたような顔をした。構うもんか。
「あなたはいつも刀のことばかりですね」
「俺の相棒だから仕方ないだろう」
廊下の方からボスが無事だったという叫びと安堵の声が聞こえる。当たり前だろう?だって俺が隣にいるんだから。
「僕のことも少しは考えて下さいよ、恋人なんですから」
「それはそれ、これはこれ」
「うぐ……」
唸る古泉の頬に返り血が付いていたからそれを舐め取り、不味かったのでその場で絨毯に吐き出す。
「この刀の手入れが終わったら相手してやるぜ?ボス」
ぱっと表情を明るくする我らがボスは今日も通常運転。無駄になった書類は燃やしてしまおうか。交渉は決裂、ならば明日にはファミリーを一つ潰しに行かなきゃいけないしな。
そっと刀身を撫でながら、俺は神に感謝するんだ。闇の世界も、悪いことばかりじゃないってな。
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茶会で盛り上がったので日本刀を使うキョンくんを書きたくなりました。
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